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Q踏んだUniがちょっとだけ真面目にcojの話します

【波乱】モモベリアデビルークという人間の変遷

※今回の記事においてCOJまたSEGAは全く関係ありません

また、以下はフィクションです 

 

 

 

みなさんはご存知であろうか。

その昔、齢10代半ばでありながら全国2位まで登り詰めた男のことを。

類を見ない独自のデッキ・スタイルで頂上を目指した男のことを。

 

 

 

名を『モモベリアデビルーク』(以下モモベリ)

 

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彼は誰よりも若く、誰よりも熱意を持ち目の前のゲームに打ち込んだ。

毎日ただそのゲームに向き合った。

そして、世に名を残したのである。

 

 

そんな男の話。

 

 

 

 

 

 

0章.人物

 

彼はどのような人物であるか。以下に列挙しする。

 

・中重度のオタクである

・ゲームに対して熱意を持って取り組み、やりこむ

・とにかくゲームが好きである

・1週間どころか3分で掌を返す

・すぐに"引退"をする

 

 

彼はまごうことなく"オタク"である。これは覆しようの事実であり、「小倉唯みたいな妹が欲しい〜」と常に周囲に話しはばかられない。

それもPN(プレイヤーネーム)より容易に想像ができる点であり、そして彼はその名を誇りに思っていることも覚えておいていただきたい。

 

また、掌返しがすごい。1日で540°くらい回転している。普段より1週間も持たず腕は捻じ切れている。

これは以下の"引退"という儀式にも共通する。

彼は"引退"をこよなく愛しており、全盛期は1日にタバコ1箱分程"引退"するプレイヤーであった。しかし、この"引退"とは翌日以降も引き続きプレイするという意味であることに気付くまでそこまでの時間は要さなかったように思う。

 

 

 

 

 

1章.前歴

 

ここからは彼の歴史。しかし、言伝で聞きかじった程度の知識であるため異なる点はある。ご了承いただきたい。

 

彼は幼い頃よりゲームセンターに通っていた。よくある高設定スロット機でメダルを増やし、それを元にメダルゲームを日々プレイしていたようだ。その頃よりゲームセンターという非日常空間に慣れ、むしろ日常としていたことが伺える。

そうしていく内に他のゲームにも興味を持つようになり、いわゆる"音ゲー"と言われるジャンルに引き込まれていく。彼の元来の性格であるのか、若さもあってか日々やり込み、どんどんと腕を上げていったという。

 

そういった環境に置かれていたため、ゲームセンターという空間への慣れ、努力をし上を目指すという姿勢、はこの頃より培われていたのであろう。

 

 

 

 

 

2章.邂逅

 

そんな彼に転機が訪れる。普段音ゲーばかりをやっていたのであるが、どうやら基本無料でできるゲームがある、と聞きつけた彼はとあるゲームに手を出しはじめた。

これが後に彼の名を世に知らしめるゲーム、あるデジタルカードゲームなのであった。

 

彼はそのゲームの魅力に惹かれ、当時少なかったであろうお小遣いを握りしめカードを集めるようになった。無料でやるだけでは勝てない、という事実が彼の中にある向上心を刺激した。カードを集め、強いデッキを組み、勝てるようになりたい。そう思わせた。

 

そしてその年の夏、少しずつ時は動き出していく

 

 

 

 

3章.萌芽

 

ここからは筆者が彼に出会った頃である。

後に彼から聞いた話であるが、筆者と友人が彼と同じゲームセンターでプレイしており、筆者と友人は当時高ランク帯であった"Jランク"に差し掛かったところであったため、羨望の気持ちで見ていたらしい。

 

その頃、彼は環境を席巻している"猿珍獣"を駆使して全国ランキングを駆け上っていった。その速度は凄まじく、羨望の気持ちで見られていたらしい筆者達は1ヶ月もせずに抜かされてしまっていた。

 

どんどんと勝ちを積んでいく彼。

その勢いは収まらずとうとう"ランカー"ラインであるtop100にまで到達していたのである。

 

(正直、同じゲームセンターでプレイしていた頃は少しライバル視していたが、あまりの速さに追いつけずゲームをやりこむ筆者でさえ心が折られたのを記憶している。)

 

 

 

 

4章.青緑

 

この頃、筆者は彼と何度も交流を交わし共にゲームをプレイするようになっていた。もはや毎日遊んでいたのではないかと思う。

 

ランキングにいることが常となるようになった彼であるが、当時より"青緑"という他のプレイヤーが使用していないデッキを好んで使うようになる。彼といえば"青緑"といったイメージを持つ読者も多いかもしれない。

(使用理由として、名の"モモベリアデビルーク"というキャラクターが植物を操る能力を持っているため、それに合わせるよう水と自然、青と緑を使っていたのだと言う。)

 

この当時"赤黄"というデッキが環境の主流であり、"青緑"はメタデッキとしての要素が強かった。しかしプレイの確立がされておらず、使用するプレイヤーは非常に少なかった。その中で彼は日々研究し、プロフェッショナルとなった。

使用者が少ない、メタ要素が強いということが環境に合致したためか、彼ははたまたランキングを登っていくことになる。

 

そしてついにtop10にまで登り詰めたのであった。

 

 

余談ではあるが、この頃の彼は実生活の方で問題を抱えていた。

ゲームに熱中するあまり中学校を卒業できないかもしれない、という愚か極まりない危機であったのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

5章.栄光

 

少し時は流れる。上位のランカーであった彼ではあるが、やはり最高位に近いランクともなると熾烈を極めており伸び悩んでいる頃であった。この頃は筆者も20〜40位辺りで揉まれていた頃でもある。

 

そんな彼に好機が訪れるのであった。それは2015年7月後期〜8月末までの千葉県より波及した"バブル"だった。

この頃より彼や筆者を含めた千葉県のバブルプレイヤーの集団は"千葉Kid's"と呼ばれるようになっていた。

 

その中でも元よりポイントが高く、回数も多くこなしていた彼は他を圧倒する勢いでポイントを重ねていったのである。

それには共にプレイをしていた周りのプレイヤーとの情報の共有、研究といった優位点もあったであろうが、なにより彼はこの機を逃すまいと懸命に打ち込んでいたのであると思う。

 

バブルによる圧倒的なポイント増加を重ねる日々。

積み重なったその数字は限界を脱した。

 

 

そしてついに彼は、全国ランキング2位、という称号を得ることとなったのである。

 

これは誇るべきことである。

たった10と幾つか齢を重ねただけの少年が日本において年齢無差別のランキングで2位となった。1位とまでは行かなくとも、これは賞賛に値する結果である。

 

 

 

私立の中学校をギリギリで卒業でき(させてもらい)、エスカレーターに乗らず全く別の高校に行くこととなった、ことを差し引いても全く価値のある事実である。

 

 

 

 

6章.岐路

 

時は現在。

彼は今、そのゲームをプレイしていない。

かつて栄光ある地位を手に入れるも、ランキングが1度リセットされたからか、はたまた他ゲームに没頭することとなったためか、もうプレイしていないのである。

 

 

現在は他ゲーム、アルバイト、以前より少し高いメダルゲームをして過ごす日々であると聞く。

 

 

 

ランカーであったのも今は昔。逸話として語ることしかできない。

 

しかし、年少者であっても全国の猛者を相手に勝つことができる、ランキングを登っていくことができる。

そういった事実を、強さを、力を、彼は見せてくれたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ともなり会の一員として、1人のゲーマーとして、僕は彼をとても評価しています。

モモベリは本当にすげーやつだよ。

 

おわり。